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2016年09月27日(火) |  秋眠暁を覚える!?
 
加藤雅章

 秋分の日も過ぎ、日に日に日の入りが早くなってきているのを感じます。まさに「秋の夜長」ですね。秋といえば、「中秋の名月」もしかり、なにかと「夜」に縁の深い季節のように思えます。

 そんな秋の夜。僕は最近、睡眠不足、というか、睡眠不良(?)で悩んでいます。ただ、「秋の夜長についつい遅くまでクラシック音楽を楽しんでいる」とか、「本を読み始めたらページをめくる指が止まらなくなって…」とか、そんな文化的な理由からではないのが残念なところ。

 睡眠不足(不良)の原因は…「夜中に何度も起きてしまうから」です。

 夜中に何度も、トイレに…歳をとった証拠でしょう。衰えの表面化とも言えそうです。でもこれは、実は今に始まったものではありません。何年も前から夜中に何度も…そう、僕はとっくに衰えているのです。

 その衰えに加え、ここにきて僕の睡眠に大きな影響を与えているのが「若いパワー」です。

 隣に寝ている子どもの、夜中も元気なこと!ベッドの上であっちに行ってこっちに行っては以前から変わりませんが、最近はそこに力強さがプラス!

 僕は、

 蹴飛ばされ、「いたっ!」。

 殴られ、「いて〜っ!」。

 子どもだから許せるものの、これが※だったら…(一部、被害者保護の観点から伏字としています)。

 一度睡眠が中断されると、その後なかなか寝付けなくなるのが問題。なにもそんな時に考えなくてもいいことを考えはじめ、頭の中で「ああでもない、こうでもない」が始まるのです。

 例えば、先日報道された「ら抜き言葉」の問題。「見れる/出れる」を使う人の割合が、“正しい表現”である「見られる/出られる」を使う人を、わずかながらではあるものの上回ったというものです。

 いちアナウンサーとして、また、日常日本語を使うものとして、考えなければいけない問題です。が、考えるのは夜中でなくてもいいですよね…。にもかかわらず、考えちゃう。

 「言葉も“道具”である以上、人間をより“楽”にする方向に進む効率化は当然。」

 「いや、言葉は文化であり歴史でもある。そう簡単に崩すのは間違っている!」

 「いやいや、『み・ら・れ・る』って発音、ラ行が苦手な加藤アナ、本音はどうなの?」

 「たしかにな〜ぁ…。でも、これから先ますます『ら抜き』が進んでいったら大変だよ。大黒摩季さんのヒット曲『ら・ら・ら』はどうなっちょうの〜!タイトルがなくなっちゃうよ〜。」

 …などなど、最後のはともかく、一度考えだしたら頭の中がぐ〜るぐる。時間が過ぎていく→寝なきゃと焦る→ますます目が冴える…の悪循環に陥り、下手をすれば暁を覚えちゃう(!?)こともあったりなかったり…。


 ちなみに、「寝る」の可能の形は「寝られる」、「眠る」は「眠れる」。意味は似てる言葉だけど、前者には「ら」が入り、後者には入らないんですね。

 「ら」が入るか否かの見分け方として、こんな方法をどこかで読んだことがあります。

 「その言葉を『人を誘う形』にする」=つまり「寝よう」とか「眠ろう」とかにする…というもので、前者のように「〜よう」になる言葉には「ら」が!なんだとか。

 「寝よう→寝られる」や「眠ろう→眠れる」の他にも、「見よう→見られる」、「出よう→出られる」、「食べよう→食べられる」、「走ろう→走れる」、「しゃべろう→しゃべれる」などなど…。なるほど確かに、大概はそれで見分けられそうです。


2016年09月03日(土) |  ♪モーニング○ー○ のも〜よ♪
 
加藤雅章

 先日、テレビの画面に出てきたある言葉が僕の心をとらえた。

 「朝呑み」。

 僕は、間もなく札幌で始まるオータムフェストでもそうだが、青空の下でお酒を飲む「昼呑み」が大好物。半ば趣味と化している。

 ただ、今回は「朝呑み」だ。

 思い返せば若かりし頃、朝まで飲んでいたことは決して1回や2回ではない。夜のラジオ番組を担当していた時代には、仕事が終わる深夜0時頃から飲み始め、おひらきに至るのは朝陽もまばゆい午前6時。始発の地下鉄に乗って帰ったこともあったものだ…。

 一方、たとえば夕方6時に飲み会スタート!3軒4軒ハシゴして24時まで飲んで、ギリギリ終電に間に合った〜!そんな経験は、僕ももちろんだが、おそらく多くの人がしているに違いない。

 さて、ここでちょっと考えてみたい。

 上記どちらのケースも、飲んでる時間は6時間で差異はない。でも、そこから受ける印象はというと…驚くほどにまるで違う。

 「朝まで」の方は、飲み終わった後、人にあわせる顔がないというか、うつむき加減になりがちだ。地下鉄の車内には、朝早くから職場に向かう仕事熱心な人もいるわけで、当然といえば当然かもしれない。

 逆に、終電に間に合った6時間派の方は、しっかり者というか、ケジメのある人というか、いずれにしても好印象を持たれる気がする。車内だって、その時間なら大半はお酒の臭いを漂わせる“仲間同志”だろうし…。

 嗚呼、「朝呑み」とはそんなにも罪深いものなのか…。

 ただ、今回、僕が注目している「朝呑み」は、僕がかつて経験したそれとは違う!

 「朝まで飲む」ではなく、「から飲む」という朝呑みだ。

 そう、言うならば、トーストの横にあるモーニングコーヒーを「モーニングビール」に変えちゃうのだ(アイドルの歌には絶対にならないだろうが…)

 もしくは、「朝早くから職場に向かう仕事熱心な人も車内にいる始発電車に乗って、今から飲みに行くぜ〜っ!ということだ。

 そんな経験をしたことがある人、元気よく手を挙げて下さ〜い!

 「・・・。」

 さすがに、あまりいませんよね…。

 ちなみに「朝呑み」と打ち込んでネット検索をしてみると、「朝まで飲めるお店」は札幌市内にもそれなりにあるものの、「朝から(その日の営業を始めて)飲めるお店」というのはなかなか見つけられない。まっ、当然か。

 では、自宅で…と考えてみたが、実はこちらの方もなかなかハードルが高い。たとえば朝6時、ビールの缶を「ぷしゅ〜っ!」と元気いっぱい楽しげに開けたら、家族の冷たい視線が飛んでくるのが容易に想像できる…。

 ならばと、家の裏の方に出て「ぷしゅ〜っ!」をするかとも考えたが、これはこれで近所の目が気になる。だいたい陰に隠れてコソコソなんて、親に隠れてタバコを吸う学生のようで、いいオトナのすることではない。

 ビール、残念、断念。ビールがダメなら“朝シャン”はどうか。

 もちろん、ここでいう“シャン”はシャンプーではない。シャンパンのシャンだ。以前、「欧米には『目覚めのシャンパン』という習慣がある」、そんな話を聞いたことがある。あの色合い、あの香り、たしかに心地よさそうだ。

 ただ…栓を抜く時のあのハジけるような「ポンッ!」という音。普段ならばこれから飲む人のテンションをグイ〜ッと上げてくれるあの音だが、今回ばかりはビールの「ぷしゅ〜っ!」よりタチが悪そうである。却下。

 さぁ、どうする…???

 そんなこんなを考えているうちに時間ばかりが過ぎ…

 とりあえず今日の休日は「昼呑み」にしておこうと決めた。


2016年08月09日(火) |  ナガサキに想う
 
加藤雅章

 僕は旅が好きです。行ってみたい場所がいくつもあります。

 ただ今日に関しては「行ってみたい場所」ではなく、「いつか行かなければならない場所」と書くべきかもしれません。

 ナガサキ。

 以前、このアナウンサー日記で広島を訪れたことを書きましたが、長崎にはまだ行ったことがありません。毎年、この時期に「いつか…」と思い続けてもう何年になるでしょうか。自分の行動力のなさを恥じるばかりです。

 せめてもの思いを胸に、あらためてあの日、ナガサキで何があったのか…。自分の記憶を確認するため、インターネット上を旅してみました。

 1945年8月9日11時2分。一瞬にして街が消え、その年の終わりまでに7万3千人を超える方が亡くなった。さらに、多くの方が負傷。今なおその影響に苦しんでいる人も少なくない。

 この辺りは、昔、学校の授業で学んだという方も多いでしょうか。

 今回、僕は長崎市のホームページの中、「キッズ平和ながさき」というページを読みました。子ども用のページですので非常に分かりやすく書かれています。また、クイズで学べるコーナーもあります。夏休み中のお子さんの「自由研究」の参考にもなるかと思います。

 ちなみに、そのクイズの中には「永井隆/永井博士」という名前が何度か出てきました。その著書にも今回、手を伸ばしてみました。

 これは僕のこの夏の“課題図書”とします。

 人類の「平和への旅」。

 その目的地への道のりは果てしなく遠いかもしれません。ただ、立ち止まっていてはいつまでたってもたどり着くことは出来ません。

 今日、この日に、新たな一歩を…。

 この時代に生きる1人の人間として踏み出したいと思います。


2016年07月15日(金) |  かっちかちやぞ〜!
 
加藤雅章

 加藤の持ちネタをタイトルに引用した今回のアナウンサー日記(もちろん、加藤は加藤でも「ザブングル」の加藤さんの持ちネタであるが…)。「かたい」という言葉に注目したい。

 「かたい絆で結ばれた2人」なんて言えば、夫婦でも友達同士でもありがたい褒め言葉になるし、「このチームは守備がかたいね〜」となれば、なんだか安定して勝ちそうな気がしてくる。

 また、「かたい♡」という言葉は、特に中高年男性にとっては憧れの言葉になることもあるようだ。スポーツ新聞の紙面広告を見てみると、それは「ミナギルチカラ」の象徴であり、スタイル抜群の女性がにっこり微笑んでくれることにもなるらしい。なんとも畏れ多い言葉でもある。

 ただ逆に、「君は頭がかたいな〜」と言われたら思わずがっかり、しょんぼり…。「話がかたいわ!」とか「表情がかたいよ…」というのもアナウンサーにとっては致命的だ。こうした場合の「かたい」は、言われて受けるダメージが極めて大きい言葉だと言えよう。

 そして、「体がカタイというのも問題だ。

 僕は本当に体がカタイ。どうしようもなくカタイ。特に下半身が…。

 ただ、残念なことにミナギッてはいない(涙)。ま、それはどうでもいいか。

 僕の体のかたさ…写真を見て頂ければ一目瞭然だろう。

 脚を目一杯開いても90度ちょっと。そこから前傾しようとすると、地面に対して80度とかそんなところまでしか倒れない。決してふざけているわけではない、本気というのが何とも情けない…。

 「こんな体でケガをしないのが不思議だ…」

 僕の正直な気持ちだ。と、同時に「このままではこれから先、いつケガをするのか心配でならない」とも思う。

 そんな中、しばらく前に、こちらは一般紙の紙面広告で「誰でも開脚できるようになる」みたいなものを見つけた。

 「だ、誰でも!?オ、オレでも!?」とすぐに書店へ走り出しそうになった。が、なにせ急に走り出したらケガをしかねないようなかっちかち”体である。柔軟な判断(?)のもと、それはやめた。

 ただ、開脚はしてみたい。いつの日か…。死ぬ前に一度くらい…。

 「よし、やるぞ!」というかたい決意には至らず数週間…。

 「今始めないということは、こりゃ、一生ダメだろうな…。」

 そんな未来は想像に難くない…な。


2016年06月20日(月) |  雨男、雨を学ぶ
 
加藤雅章

 6月も後半。日本はまさに雨の季節です。あなたの街では今、雨は降っているでしょうか?降っているとしたらどんな降り方でしょうか?

 ザーザー?ポツポツ?

 パラパラ?しとしと?

 それとも、しやしや?

 「ん???しやしや…???」

 …と思った方がやはり多いでしょうか?

 というのは先日、僕が担当している「金曜ブランチ(金曜日の午前9時55分〜)」の中でこんなシーンがあったのです。

 札幌中心部の様子を情報カメラを見ながら話している時のこと。傘をさして歩いている人が半分、さしていない人が半分。そんな状況で、僕は次のように言いました。

 「傘、さしている人がいますね。雨、少し降っているんでしょうね…。さしていない人もいるんで、『しやしや』という感じでしょうかね…」

 これに、隣の渡辺陽子さんは「『しやしや』って何???」とビックリ。僕は陽子さんのその様子を見てビックリ!「えっ!?『しやしや』って知らないの?」と。

 「えっ!?『しやしやって知らないの?』って、あんた何様???」

 …と思った方がやはり大半でしょうね。

 「(雨が)しやしや(降っている)」という表現。

 僕は世間一般で使われているものと思っていました。つい先日までの四十数年間。自分が間違っていたことに気づいたのは、その、つい先日のこと…。

 陽子さんから「調べたら、勝浦(僕の出身地)のあたりの言葉らしいよ」との話があり、僕も急いで自らの目で確認してみると…。まず、辞書には…出ていない!アクセント辞典にも…当然載っていない!

 答えは、最近流行りの(!?)「第三者の目」を必要とするものでは全くもってありませんでした。ネット検索の結果は“ザ・方言”。「主に(勝浦も含む)千葉県内で使われる表現」とのことでした。

 自然豊かなおらが街・勝浦は雨の表現も豊かな(?)ようです。さすがは“伝説の雨男(!)”を生んだ街、勝浦…かな?

 雨男は今回あらためて学びました。

 自分の「常識」は、イコール世の中の常識ではないことを。そして、いちアナウンサーとして、言葉のアンテナは高く、そして「視野」は今の倍くらい、「視野視野」くらい広くしておかなければならないことを。

 ちなみに「しやしや」とは、僕の感覚では、「霧雨より雨粒が少し大きいが、『しとしと』よりは弱い降り方」そんな時に使います。ご参考までに。


2016年05月26日(木) |  浪漫飛行 〜若かりしあの頃へ〜
 
加藤雅章

 ここのところ、高校時代に流行っていた曲を懐かしんで聴いています。

 16才・17才・18才という、まさに青春時代のヒット曲たち。今聴いてもなお、さながらダイヤモンド(DIAMONDS)のように輝きを放ち、僕の耳を心を楽しませてくれています。

 そんな「あの頃の自分へ帰る(=Return to Myself)旅」。そのきっかけは今年2月に行われたクラス会。さんざん飲んだ挙句に行ったカラオケでした。

 誰からともなく提案された「高校時代のヒット曲を歌おうぜ!」の言葉。普段は人前でほとんど歌うことのない僕もついマイクを握ってしまいました。そして旧友の熱唱にあわせ手をたたきました。

 何を歌ったのか…。「RUNNER(爆風スランプ)」は覚えています。が、あとは何だったかな…。お酒の影響か、記憶力の問題か、覚えてないな…(苦笑)。

 では、いつ聴いているのか。

 昔を懐かしむには夕日で西の空がに染まる頃…というのが最適でしょうか。いや、その割にはノリのいいロックなナンバーが多かったりするので、スポーツジムに行った時の方がベターかな…。

 子どもが入園したのを機に再開した、そのジム通い。今のところまだ、思わず「BE MY BABY!」と声をかけたくなるような異性との出会いはありません(おいおい、目的は何だ!?)。「抱きしめて Tonight!」「今すぐKiss Me!」などと言われたこともありません(あるわけがない!)。ただひたすら自分と向き合っています。

 で、トレーニングの成果はいつ頃出るのかな…。

 「あー夏休み!」と子供たちの元気な声が聞こえる頃?とんぼが飛ぶ季節?それとも、クリスマス・イブくらい?

 ま、いつになるかは分かりませんが、頑張っていきますわ!…と、ん?何か聞こえてきたぞ…。

♪栄光に向かって走る〜(TRAIN TRAINより)♪

そうだ、自分よ。つかめ、GLORIA!!


追伸:DEAR FRIENDS、元気にやってるか〜い?


2016年05月01日(日) |  発見!人気者の法則
 
加藤雅章

 つい先日、春の陽気に浮かれて思わず♪ルルルル〜♪と気分よく鼻歌を歌っていたら…突如ひらめきました!世紀の大発見です!!

 どんな発見か…。

 それは「ラリルレロの法則」です!

 たとえば「ウマン」。たとえば「仮面イダー」。「ハーキティ」に「カちゃん」といったキャラクターもそうですし、「ドえもん」や「クヨンしんちゃん」、「ちびま子ちゃん」に至るまで…。

 お気づきになりましたか?

 上に挙げた人気者たち。そのすべてに共通するのは「名前にラ・リ・ル・レ・ロのいずれかが入っている」という点です。

 そう、「ラリルレロの法則」とは、別名「人気者の法則」なのです!

 「偶然でしょう…」という声が聞こえてきそうですが、そんな方は「レレレのおじさん」を思い浮かべて下さい。あの風貌で(失礼!)あれだけの支持を得ているのは、名前の中に「レ」が3つも使われているからに違いありません。「ラリルレロの法則」、恐るべし。

 しかも、この法則が通用するのは、なにもアニメやマンガなどの世界だけではないというのが驚きです。

 たとえば、僕の同年代のかっこいいオトコの代表格ともいえる木村(きむ)拓哉さんは当然この法則に当てはまります。福山さんはといえば、彼の名前は「まさは」。やはり「る」が入っています。

 では、「架純ちゃん」はどうでしょう。彼女の名字は「あ」ですから、効果は2倍(!?)。人気が出るのは必然と言えましょう。

 いかがですか、「ラリルレロの法則」?すごいでしょう?

 ただ…、悲しいことに…、僕の名前には…、ひとつも…、入っていないんです…。ラリルレロ…。

 「だからか…」と嘆いていても始まらないので、これを機に改名することを考えてみました。

 とりあえず名前の雰囲気として母音部分だけ残して、全部ラ行に変えちゃおう!放送はこんな感じで始まります。

 「ど〜も〜!らろるらららりです!」

 い〜やっほ〜ぅ!これで僕も人気者!

 …になる前に、とてもじゃないけどこの名前、毎回毎回発音できないや…。「きゃーぱみゅぱみゅ」的発音の難しさ…。

 やはり、そんな簡単に人気者になれるわけはないのです…(そういう問題か…)。

 以上、加藤雅章がお送りしました。


2016年04月06日(水) |  僕の話を聞いて下…さる?
 
加藤雅章

 早いもので今年も4分の1が終わりました。

 なんだか年齢を重ねるごとに、やれ「1年の1/4が終わった…」だの、「今年ももうあと半分か…」だの、「この前年賀状書いたと思ったのに、もう書かなきゃ…」だの、月日の流れについて、嘆きというか、文末に「…」をつけなきゃいけない感じの言葉が頻繁に出てくるようになったと感じます。

 そりゃ〜、たとえば10代・20代の頃は未来が燦然と輝き待っていた(少なくとも待っていると無意識に思っていた)はずで、そこには月日の流れに対して「…」はなかったのでしょう。しかし、人生も後半戦に入れば「輝く未来」への期待というよりは、「輝いていた過去」への懐かしさや、時には「キラキラしていた昔の自分」への嫉妬のような気持ちが大きくなり、結果、言葉にならない「…」につながっているのではと思うのです。

 さて、そんな寂しい話はさておき、アッという間に1/4が過ぎ去った2016年=申年、年末に振り返った時におそらくは「最も申年に相応しい出来事」の1つになるだろうと思われるのが、ロックバンド「ザ・イエロー・モンキー」の復活ではないでしょうか(あまりに唐突ですみません)。

 それこそ20代の頃、けっこう聴いていたなぁ。当時は今と違ってカラオケにも度々行っていて、歌ったこともあったなぁ。

 そして何より、僕のアナウンサー人生の「支え」になってくれているんだよなぁ、あの曲。

 そう、あの曲とは…「JAM」。

 1996年に発売され大ヒットした名曲中の名曲。おそらく一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

 そんな曲の中で、アナウンサーとしての僕の心の“よりどころ”となっている部分は、

 ♪外国で飛行機が〜〜〜日本人はいませんでした♪

 のパートです(思いっきりベタですが…)。

 まぁ、これまで一度も自分のことを「ニュースキャスター」と思ったことはないですし、もちろん何かの事件・事故のニュースで日本人に被害がなかったことだけに心を向け「嬉しそうに」ニュースを読んだこともありませんが、この曲のあの一節を聞くと毎回、「お前は今、どんな思いでニュースを読んでいるんだ?」と問いかけられる気がします。謙虚さや冷静さを求められているように感じるのです。

 「JAM」が発売された20年前の2月は奇しくも、HBC入社のため僕が札幌に引っ越してきた時期。この春でアナウンサー生活も21年目に入りました。

 僕にとって節目の年。新たなスタートの年。

 「おだてられても木に登る」ようなことがないよう、ん…???これは基本的に猿ではなく豚についてのことわざだな…。失礼!

 「猿に冠」ということわざ(外見は立派だけど中身が伴わないこと)がありますが、アナウンサーという肩書に恥じることのないようこれからも日々勉強の気持ちで放送に臨んでいきます。あらためましてHBCともどもよろしくお願い致します。


2016年03月13日(日) |  う〜ん…どうしよう
 
加藤雅章
 3月に入り、ここ札幌でも日中、気温の上がる日が出てきました。

 雪解けが進む季節に入ったわけですが、我が家の近所(町内会)は今シーズン、町内の排雪をしないことを選択したとかで、道路脇にはまだまだ雪がこんもりと残っています。

 ですので、ここのところ休みの日など時間のある時には、せっせせっせと雪割りをしたり雪山を崩したりしているのですが、これがけっこういい運動になります。

 ただ!これから先、いつまでも崩すべき雪山や割るべき氷が我が家の周りにあるわけではありません(当然です)。

 そこで、一念発起!

 …というほどの話ではありませんが、この春から、しばらくお休みしていたスポーツジム通いを再開しようと決めました。

 子どももこの春にはめでたく幼稚園に入ります。「鬼の居ぬ間に…」ならぬ、子どもの居ぬ間に体を鍛え、来たる幼稚園の運動会に備えます(笑)。ま、それはともかく、「趣味=筋トレ」。この春、本格的に復活です!

 さて、復活といえば、私、土曜午後のHBCラジオに“復活”します。

 「気ままにWEEKEND(土曜12時〜)」という新番組。4月2日スタートです。田村美香さんと、気ままに楽しくお送りしていきます。

 この4月からは私のアナウンサー生活も早21年目に…。20年後には60代半ばになっていることを考えれば、会社員人生も折り返し地点といったところでしょうか。

 「初心に帰る」。「原点回帰」。

 そんなキーワードを胸に日々精進していきます!

 そのためにもまずは体が資本。

 崩すべき雪山がなくなったといって、体型までも崩してはならない。割るべき氷がなくなったなら、運動をして腹筋を割ればいい。

 「20年前の肉体を復活させるぞ〜!」

 …とまでは言いません。筋トレも気ままにの〜んびりとやっていきま〜す。


2016年02月18日(木) |  四半世紀の時を越えて
 
加藤雅章

 25年前の1991年…あなたは何をしていましたか?

 世界的な動きでは1月に湾岸戦争が勃発。年末にはソ連崩壊という歴史的な出来事があった一方、国内では成田エクスプレスの開業や衛星放送「WOWOW」の本放送開始など新しい時代がスタートした年でもあります。

 また、音楽の世界では小田和正さんの「ラブ・ストーリーは突然に」や槙原敬之さんの「どんなときも。」などが大ヒット。スポーツ界では横綱・千代の富士が現役を引退しました。

 こう書いてみると、ずいぶん昔のことのように感じてしまうのは僕だけでしょうか…?

 そんな僕はその25年前、何をしていたかといいますと…

 千葉県内の高校を卒業しアメリカの大学へ行く準備をしていました。自分のその後の人生に大きなプラスの影響を与えてくれた恩師や仲間と別れ、同時に新たな一生の友と出会った頃でもあります。

 あれから四半世紀…。

 25年の時を経て、先日、高校3年の時のクラス会が行われました。

 開催日は14日。当日の天気予報は「全国的に春の嵐」。「HBCナンバーワン悪天候男」はその力をいかんなく発揮してしまったわけです。

 時間ギリギリの予定を組んでしまったこともあり、「果たして間に合うのか?というか、そもそも飛んでいけるのか?」と汗る、いや、焦る僕。

 新千歳空港の出発ロビーに着いた瞬間、目の前が真っ暗になりました…。出発カウンターに並ぶ人の数。保安検査場にできた長い列。いつもとは全く違った風景が広がっていたのです。

 ただそれでも、僕に残された道はただ一つ。前進あるのみ。飛行機は40分ほどの遅れで離陸しました。

 とりあえず、ホッ。

 機内では嬉しいサプライズがありました。当日はバレンタインデーということで、客室乗務員さんからチョコレートのプレゼントが!もちろん僕だけに特別ではありませんが(そりゃそうだ…)。

 これには年甲斐もなく思わず、ポッ。

 そして夕刻。そんなバレンタインデーに集まった懐かしい顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔。

 今回、会えたのは上記の通り「7つの顔」。つまり、僕を含めての参加者は8人とかなりこじんまりとした会ではありましたが、それだけに逆に濃密な再会となったと言えるかもしれません。

 25年経っても変わらぬ笑顔が嬉しかった!

 そして、変わらないといえば、やはり恩師の優しい眼差しでしょうか。当時、“第2の母”のように思っていた先生は、やはり今でも“母”でした。

 みんな、楽しい時間をどうもありがとう!そして、また会おう!

 ちなみに僕の母校の名は「長生(ちょうせい)高校」。

 その名の如く、母よ、これからも健康で長生きして下さい!そして我が友よ、僕らもいよいよ四十代も半ば。僕らこそ健康に気を付けて長生きへの土台を作っていかなければいけないぞ〜!

 なんて、体のことをつい書いてしまうところに25年の歳月を感じてしまうのは僕だけでしょうか?

 ちなみに、この日は僕が札幌に住み始めてちょうど20年になる節目の日。そんな日に、昔の仲間たちと時間を共有することになったのは何か特別な意味があるのではと思えてなりません。

 「あの頃のことを忘れずにガンバレ!」

 天からのそんな声が聞こえたような気がします。


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