あぐり王国 放送内容

2018ǯ06��23����土��
久蔵さんや先人の苦労を体験しよう!


��じゃじゃん!もんすけです!
寒地稲作の父と呼ばれる、
中山久蔵(きゅうぞう)さん。
実は北広島には、久蔵さんが暮らしていた
駅逓所(えきていしょ)が残っていて、
そこには当時を再現した水田もあるんだよ。
一体どんなヒトだったのか、
学芸員の方に聞いてみたよ。



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北広島市 教育委員会
学芸員 畠 誠さん
「チャレンジすることを惜しまない人!
 同じようなお米を育てたいという人に
 無償でお米をと提供したり、
 あるいは育て方を教えたり…
 とても長い間、栽培指導を続けていたそう」

稲作には向かないと言われていた北海道、
当時は、どんな苦労があったの?

畠さん
「川の水を引いて水田に使っていたんですが
 そうすると川の水が冷たくて、
 うまい具合に育たないということで
 暖水路(だんすいろ)ということで
 迷路のようなものを作って水を這わせて
 それで温めて水田に注いでいたようです。
 その他にお風呂のお湯を使って温めたとか
 そんなことが言われています」





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三戸さんら生産者の「赤毛種保存会」が栽培する
赤毛米を北広島市や地元の商工会が中心となって
加工品を開発!
赤毛米を残そうと地域一丸となって
PRしているんだって。

ほかにも、地元の小学生による田植えや、
収穫した米を給食に活用したりと、
久蔵さんの思いが受け継がれているんだよ!

今の北海道米は、久蔵さんら先人たちによって
支えられていたんだね!





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さて、あぐり一行が学んでいる赤毛。
果たして、当時の田植え作業とは…?


「150年前は手植え…
 何年前まで手植えだったんですか?」

三戸さん
「昭和45年くらいから田植え機がそこそこ出てきて
 昭和50年代になると、ほぼ全ての農家で
 田植え機を導入された時代ですね」





��リーダー
「東川町で祖父母が米農家をやっていて
 田植えも稲刈りもまいとり手伝っていた!
 小学校の間は手でやってました」



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三戸さん
大変ですよ…
 腰が痛いですから!」

リーダー
「分かるだろっ!何言ってるんだ」





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当時の田植えは、もちろん手植え!
それでも工夫を凝らした、
こんな農具も使われていたんです!


「みたことない道具なんですけど…」

リーダー「まんま当時のものですか?」

三戸さん「そうです!」





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森「何だと思う?」

レオ「転がして使う!」

リーダー「転がしてどうする?」

レオ「どうしよう…」





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リーダー
「何のために転がすんだ!?」

イチカ
「線をつけて…
そこに沿って植えていく!」

三戸さん「大正解!」

リーダー「すご~い」





��そうなんです!
こちらは、大昔に使われていた、
「コロ」と呼ばれるアイデア農具。
その名の通り、転がすと水田に目印がつき、
等間隔に苗を植えることができたんです。
リーダーも、早速挑戦!

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